1歳誕生日プレゼント
未分類

幼年期のあそびについて

子ども、特に幼年期の遊びというのは実に難しいことで、子どもにとって大きな意味を占めていると思っています。
子どものころ遊んだ経験が、多くの場合そのまま人生経験に直結すると思うからです。

友達との関わり方、ケンカ、楽しかったこと、失敗したこと、悲しかったこと、悔しかったこと……。
友達と遊ぶのか、1人で遊ぶのか、家族と遊ぶのか、地域の人と遊ぶのか。
どこかに出かけるのか、家の中などの室内で遊ぶのか、といったさまざまな遊び方がありますし、子ども一人ひとりに合わせた遊び方があります。
その子どもの好みもあるかと思います。
ただ、そこで重要になってくるのは、大人の接し方だと思うのです。

多くの場合、大人は、「子ども1人で遊んじゃダメ」とか、「誰かと一緒に」とか、遊ぶときにも制限をかけています。
そうすると子どもは、大人の目の届く範囲で遊ばなければならないので、必然的に遊べる遊びが減ってしまいます。
「これはダメ」なんてもし大人が口を出してしまったら、もっと範囲が狭くなってしまいます。
それではいけないと思うのです。

子どものころのことで、何でもないようなことを妙に覚えている経験はきっと誰しもあるはずです。ああこれ楽しかったなあ、と思い出す思い出が遊びに関する思い出である人も多いはずです。

思い出に残るほどではなくても、その子どもが毎日遊んで楽しかったなあと思えるような、十分に遊びができる環境づくりをすることが重要です。

ボールあそびや折り紙、絵を描くなど、道具を使ってもいいでしょう。
しりとり、追いかけっこなど、身1つでできる遊びもいいでしょう。
トランプやカード、オセロ、将棋、チェスなどでももちろんいいのです。
ただ気をつけたいのは、その子どもがまだ小さいなら、親がきちんと付き合うことです。
中学生になったならともかく、小学生になったからといって、面倒を見るのを減らし、簡単に済ませてしまうのは、実にもったいないことだと思います。
言葉が話せるようになったから、字が書けるようになったからといって安心してしまうのは早計に過ぎます。
まだまだ付き添う気持ちを持つべきです。

子どもは誰かと遊んだ方が楽しいものです。
一緒にいることが嫌いな子どもはあまりいません。
接し方を考えながら遊ぶことが、何よりも子どもの成長に役立つはずです。

未分類

昔の遊び方

私は、40代の主婦です。11歳と7歳の娘がいます。
彼女たちは毎日、学校から帰ると宿題をし明日の準備を済ませ、夕飯の時間までゲームをします。
では、40年前の私はどうだったでしょうか。

そもそも宿題なんて毎日あったかも覚えていませんが、とりあえず「ただいま」のあとは「行ってきます」でした。
ランドセルを置くだけために帰宅して、約束なんかしなくても会った友達と遊びに行く。
自転車で「探検ごっこ」とか言いながら、行った事のない道に行ったりして、わざと迷おうとしてるんだけど不思議と迷わない。

いつの間にか知っている道にでる。目には見えない、トランシーバーで横にいる友達とやりとりしながら笑っていました。
うちの娘たちの小学校では、子供だけで自転車で移動するのは4年生の交通安全教室を受けてから、と決まっています。

私たちの頃は、乗れるようになったら乗る!でしたけど。
何人か集まると、缶けり・かくれんぼ・屋根正月・ドッジボールなどなど遊びはたくさんありました。
毎日、汗だくになって暗くなるまで遊んでいました。
今、うちの地域では、春と夏は18時、秋と冬は17時に放送でチャイムが鳴り「おうちに帰りましょう」と言われます。

それが門限という形で、保護者にも子供達にも学校から指導されます。
雨の日は嫌いでした。外で遊べない。女の子なのに「やんちゃ」だった私には退屈な時間でした。

でもまあ、それなりに「かくれんぼ」とか「プロレスごっこ」とか楽しんでました。
そういえば、ボードゲームてきな事はやってました。オセロとか、ドンジャラとか、人生ゲームとか。

定番のトランプもありますが、飽きてしまうんです。
あと、一人で遊ぶ物として当時の流行は「キュービックブロック」です。
私も父から買ってもらいましたが、最初は父がハマッテしまって中々、遊ばせてもらえなかったです。

今、私は昔の事を思い出しながらニヤニヤしています。
今の子供達が大人になって昔の遊びを振り返り、思いを巡らせた時、笑顔になっているのでしょうか。

未分類

二歳児の遊び

私は現在二歳五ヶ月の男の子のママです。第一子ということもあり、玩具をたくさん買い与えてしまっております。ですが、二歳からの玩具でもはじめは上手に遊べないものです。息子が二歳になったばかりの時は、ミニカーは手で転がすだけだったものが、今では道路を繋げて「ブーン」と坂道を走らせています。

お絵描きもぐちゃぐちゃ描くだけが最近丸を描くようになりました。
日々成長し二歳児なりに考え遊ぶようになり、その遊び方も想像力豊かで見ていて面白いです。
この年齢になると周りの大人の真似をして遊ぶようになります。我が家ではほとんどの時間を私と子供で過ごすせいか、私の真似を良くしています。

料理の真似や掃除、そして電話での会話などです。子供にとってはこの真似っこも遊びになっているのですが、特に電話の真似は私にとっては恥ずかしいのでやめて欲しい遊びです。

そして、男の子でもお人形遊びが大好きです。子供が欲しがるものは大概購入してきましたが、さすがにドールハウスを買う事はせず、段ボールで作ってみました。
作るにあたって何一つ購入せず、家にある段ボールとガムテープと折り紙のみで作ったので見た目はとても悪いのですが、喜んで遊んでくれました。
一番苦労した玄関の戸を開けたり閉めたり、お人形をお風呂に入れて、ちゃんとお人形をトントンして寝かしつけるのです。

息子はおままごとやお人形遊び、女の子が遊ぶようなものの方が好きみたいです。
しかし本当にここ数日の事ですが男の子らしく戦いごっこを覚えて「へーんしーん!」と遊んでいます。今はまだ良いです。小さいし、力もそこまで強くはないし、あと一年、二年後私の体力が持つかどうか心配です。

あと公園でも良く遊びます。一番好きなのはお砂場です。バケツに砂を入れてひっくり返すということを繰り返し遊んでいますが集中力がなく、すぐに飽きて滑り台へ行きます。基本一人で滑りますが、時々甘えて、私と二人で滑りますが子供用の滑り台とっても窮屈で子供を落とさないように子供を押さえるので両手はふさがり、勢いが良いときはお尻が非常に痛いです。

そして、直ぐに飽きてまた、砂場へ行きます。これを二、三時間繰り返します。楽しくてなかなか帰りません。
この年の頃は色々な刺激を受け日々遊びが進化していき、毎日が楽しみです。

未分類

昔と今の違い

子どものころの遊びで思い出に残っているのは、家の近くにあった松の木に登って遊んだことです。
いくつか登るのにちょうどいい木があって、よく好んで登っていたことを思いだします。
先日子どもと実家近くにある、私が子どものころからある大きな公園に行く機会がありました。

その公園にも松の木が何本も生えていて、ちょうど登れそうな木があったので、子どもに登ってみたら、と誘いましたが5歳の三女は登りませんでした。

私が子どものころは3歳違いの兄についていって男の子がするような遊びばかりしていましたが、我が家に生まれた子どもは女の子ばかりで、しかも現在すんでいるところにはちょうどいい登れるような木もないので、育った環境がちがうとこうもちがうものかな、と寂しく思いました。

三人の女の子を育ててみてそれぞれに個性があって好きなことも違うことに驚かされます。
長女はなんにでも慎重派であまり自分から友達に声をかけて遊ぶことはなかったので、小さい頃は同年代のお母さんに頼んで幾度か遊ぶ機会をセッティングしました。

次女は規模の小さい保育園に通っていて、同学年に女の子が二人という園でした。小学生になった今でも同じ保育園だった女の子とは仲良しでよく遊んでいます。
三女は上二人とは違って大胆で、だれにでも気軽に声をかけて遊ぶことができるので、隣に住んでいる違う保育園に通っている男の子とも仲良くなって、ひとりでその子の家へ行ってよく遊んでいます。

先日は子どもの誕生日会をめぐってこんなやりとりがありました。私が子どものころは、小学2年生くらいのときですが、お誕生日の子の家へ行って、その子の家でお母さんがセッティングをして誕生日会がありました。

今は、というか我が家の長女の友達がちょうど誕生日だったのですが、よく遊びにいく家にみんなで集まり、子どもたちがお菓子などを持ち寄って誕生日会をしたそうです。ちなみにうちの子はスポンジケーキを焼いてもって行きました。
時代が変わるといろいろと変わるものです。

未分類

自宅や公園・保育園での今どきの子供の遊び方

私たちが子供のころは学校から帰る途中に道端の花の蜜をすったり花を首飾りをつくったり、男の子たちはどぶにザリガニがいる時代だったのでそれをとるのが遊びでした。

そして家に帰り公園にいったりすると鬼ごっこやボールを使ったゲームをしたり遅くまで公園にいることが多かったですが今の時代はそんなことは全然なくなってしまっているようなきがします。

公園で遊ぶときは県や市地域にもよりますが規制ができているところが多く見受けられます。

例えば声をだしたりしてはいけない、ボールを使った遊びをしてはいけないおいきな声をだしてはいけないそんなことがルールとして存在しています。

テレビのニュースで取り上げられるほど規制が厳しくなっている時代になっていることにより子供の遊び方も大変違ってきています。

まず自宅で遊ぶことが多くなっている気がします。泥だらけで砂場で遊んだりすることは全然公園で見受けられずにゲームをしてテレビをみたりしています。

公園にいっても遊ぶ遊具が危険といわれることが多くなってしまいそれで遊ぶ子どももあまりいません。

遊ぶにしても親がどこまで登っていいとかここから先はしてはいけないとかだいぶのルールが親同士でもつくられています。

保育園でもそうですが保育園の周りに騒音がでないようにするために曲が流れないようにしたり子供たちの声が聞こえないようにしたりするために保育園の中で折り紙をしたりお絵かきをしたりほんを読んだりと座ってできる遊びかたがおおくあります。

そして私の子供が通っている保育園では危険が多いということで高さのある滑り台や上ることができる遊具は排除されています。なので外で遊ぶ時にはおかっけこや夏はビニールプールで遊ぶことでそんなにあまりにぎやかにすることはできません。

今どきの子供の遊び方は大変おとなしいものが多いような気がします。子供の気持ちよりも大人の事情で遊び方をかえざるおえないということがあるのではないかと思います

未分類

私が小学生だったころの放課後の遊びといえば

私が学校から帰った後の遊びといえば、友達と家や近くの公園で待ち合わせをして外で遊ぶことが多かったです。
集まった友達が多い時は、「鬼ごっこ」や「影踏み」、「いろおに」をしていました。

小さいころは「鬼ごっこ」と「かくれんぼ」しか知らず、毎回のようにその遊びばかりをしていましたが、段々と大きくなるにつれ、どこからか「いろおに」や「影踏み」といった遊びの情報が入って来て、遊びのバリエーションも増えていきました。

最初は聞いた通りの遊び方で遊んでいましたが、何回も遊んでいくにつれ、「いろおに」だと「赤色は指名したらダメ」、「たかおに」だと「あの遊具には乗ったらダメ」など、そのグループ内だけのオリジナルルールを作り、自分たちがより楽しめる様に工夫していきました。

そのため同じ遊びでも、遊ぶ度にまた違った面白さを経験でき、何度遊んでも飽きることはありませんでした。
また、集まった友達が少ない時は、ブランコや鉄棒など少人数でも遊べる遊具で遊んでいました。

そして公園で遊んでいると、同じ学校の先輩や後輩も遊びに来ているので、そこで新たな繋がりが出来、学年を越えて交友関係が広がっていくという点でも、仲の良い友達と家ではなく、外で遊ぶことの意味があると思いました。

はしゃぎすぎて怪我をしたとしても、先輩が色々と面倒を見てくれ、その様子を見て過ごしていた私たちも、年下の子が怪我をしたり泣いたりしている時は、面倒を見る様になり、自然と人間関係の築き方や人に対する優しさなどを学んでいっていました。
公園で遊ぶことはとても楽しく、気が付くと夕方になっていて急いで帰ったり、帰る時間が遅くなって母親に怒られたりしたことも、今となっては良い思い出になっています。

最近では、子供が怪我をして危険だからという理由で、四人乗りのブランコが固定されていたり、グローブジャングルという回るジャングルジムのようなものが無くなっていたりと、なんとなく寂しい気持ちになることもありますが、これからの子供たちも私たちと同じように、色々工夫をして楽しく遊んでくれているといいなと思っています。

未分類

最近の子供は体を動かさない!?

時代の流れとともにライフスタイルが変わるように、最近子どものライフスタイルも変化していますよね。

どんどん便利な世の中になってきて、子守りもスマートフォンのアプリを上手に使用して家事などをこなすママもいます。

時代の流れとともに、子どもの遊びも変化しつつあります。
子どもにとって、安全だといえそうな公園。
ママ友トラブルや、変質者。騒音などのクレーム。子どもの唯一の遊び場も、大人の都合で、潰されてきています。

現に、私も2人の子どもを育てていますが、やはりまわりの視線が気になったりありますし、ボスママと言われる人たちも実際おります。

子どもたちがのびのび遊べる環境が、あまり整っていないような気がします。
私たちが子どものときは、よく公園で遊んだり、ボール遊びをしたり、室内ですとお人形遊びやおままごとで遊んだりしていました。

ゲーム機などは、まだ今のように高精度じゃなく、一般家庭にあればいい方のような感じでした。親がゲームばかりすることに対して、怒るような時代でした。
ですが、今は色んなアプリやゲーム機で、勉強などを遊び感覚で学習することができるようになりました。

なので親が毎日ゲームをやらせるような時代になっているのです。
子どもにとっては、ゲーム感覚で勉強できるし良いことかもしれませんが、
やはり長時間のゲーム使用により視力低下が起こったり、片頭痛になったり、そういう事もないとは言い切れません。

外が天気が悪く、遊びに行けないとなっても、今の子どもたちは室内でお人形遊びもあまりしないでしょう。

実際、私もスマートフォンという便利な電子機器のおかげで、子守りを何度もお願いできています。

他の遊びより、スマートフォンのアプリから目が離れません。子ども用のおもちゃにも、スマートフォンタイプのおもちゃがありますよね。
現代の子どもの遊びは、きっとこのスマートフォンが欠かせないくらい、高性能な遊びになってきているんでしょうね。

未分類

今も昔もケイドロ

私が小学生だった、約20年前。いつもの空き地に人数が揃ったら、必ずと言っていいほど、遊びはケイドロ。

警察と泥棒に分かれて、泥棒は警察が目をつぶっている間(約30秒)に、牢屋から逃げるところから始まります。
逃げれる範囲は、田舎でしたので○○さんちから○○さんちまでみたいなかんじで、広めに設定していました。泥棒が逃げたら、警察出動です。泥棒を捕まえに行きます。泥棒はとにかく警察から逃げます。しかし、逃げきれなかった泥棒は警察に捕まり、またまた牢屋に入ります。

しかし、牢屋に警察がいないと、泥棒が泥棒を助けることが可能です。泥棒が泥棒を助けるには、警察に捕まらずに、牢屋に捕まっている泥棒にタッチをすれば、泥棒はまた逃げることができます。

しかし、牢屋に警察がいる場合は、自分も捕まるというリスクが伴うため、おとりを使ってどうにか牢屋から警察を離す作戦を泥棒は考えます。牢屋付近には警察が隠れている可能性が高いのでこのおとり作戦もリスクを伴うので、なるべく足の速い子をおとりにする必要がありますね。

警察が、すべての泥棒を捕まえたら警察の勝利です。時間を決めていないと、永遠に続く可能性があるので、私の時代は1時間と時間を決めていました。1時間以内に、すべての泥棒を捕まえることができたら、警察の勝ち。泥棒が1人でも逃げきれたら泥棒の勝ちというルールがありました。

娘とはなしたところ、今の時代はルールが若干違うようですが、大まかなルールはそのままでした。呼び名もケイドロと言ったりドロケイといったり、まちまちです。

ちなみに娘はドロケイでした。今の時代は、運動場や体育館とすごく、狭い範囲で行ってるみたいです。なので、時間を設定することもなく、警察に足の速い子がいれば、すぐ終わるから、昼休みなど短い休み時間にもできるルールになっているみたいですね。

私が経験した遊びを時代は変わっても、娘も遊んでいるというケイドロ。これからも、継承されてくれると嬉しいと思います。

未分類

外遊び、自然と触れ合うことの大切さ

いま、子どもを見ていて思うことがあります。
それは、1歳くらいからでもスマートフォンを触り出すということです。
そして、2歳くらいには、もうスマートフォンのアプリでゲームをしたり、
動画をみていたりするのには驚かされます。
操作も簡単にやってのけてしまいます。

私の子どもの頃は、よく外で遊んでいました。
団地だったので、団地のおねえさん、おにいさんに小さいころから遊んで
もらったり、よく面倒をみてもらいました。

一緒に大縄跳びや缶けり、石けりなどをよくしていました。
他にも、外で泥団子を作っておままごとをしたり、よくトンボやダンゴムシといった虫なども捕まえていたので、土によく触っていました。

今では、そういう環境がありがたかったのだな、と感じてしまいます。

核家族になり、今ではなかなか小さいころに、近所のおねえさん、おにいさんに遊んでもらうといったこともなくなりました。

さらに、公園などで子供たちの声がうるさいといった声があり、ボールけりの禁止などなかなか子どもたちが自由にはしゃぎまわったりできなくなってきている時代になったと感じています。

そして、子どもたちは子ども時代に子どもらしくいることがなかなかできなくなり、
幼少期から習い事で忙しいというお子さんも多いのではないかと思います。

否定はしませんが、一見泥団子で遊ぶといったことや虫を捕まえるといった、お母さん方がもしかしたら汚いと思っていやがったり、避けてしまいがちなようなことが、子どもたちにとっては大事な経験なのではないかと私は感じています。

以前、いまの子どもたちは土踏まずがない、といった話を聞いたことがありました。

私は、小さいころたくさん外で遊び、裸足でかけまわっていたこともあったので、
土踏まずがあり、足腰がとても鍛えられ、運動神経もそういうことをしていたから、
よかったのだと考えています。

便利で面白い、テレビゲームやスマホのゲームなどもありますが、
それだけではなく、外で走り回って遊ぶ、自然に触れ合うということが、子どもたちの発達において必要だと思っています。

そして、そういう環境をつくることが私たち大人の役目なのかな、と
近頃感じています。

未分類

わが子が産まれてかわったこと

少し前までは子供がきらいだったわたしですが、自分が出産して子供ができてがらっとかわりました。

子供のことについて考える時間がとても増え、わが子には自由に好きな事をさせてあげたいと考えるようになりました。でも、少しだけいくら子供が興味をもつからといっても気になる事があるのです。

それが、子供が泣いたりぐずったときに携帯やパソコンでユーチューブを見せて遊ばせていることです。

その親なりの育て方があるので、悪いとはいいませんがなんだか違和感を感じます。せっかく子供がなにか発しているのだから、どうしたのと声をかけ向き合えばいいのになと思ってしまいます。

また、一日中ユーチューブを見せていることも違和感があるのです。

私の旦那の子は(甥っ子)休みの日はいつもユーチューブなのです。ですから情報をパソコンから得ているのです。
もっと、外にでて花の名前や虫を知ればいいのになと思います。もっと、生きている本物の動物を見ればいいのになと思います。

私の小さいころは、そこまでIT関係が発達していなかったし、子供は外で遊ばせるのが一番の考えの時代でした。でも今は、外で遊んで目を離したすきに、変な人に会ってしまったり事件にまきこまれてしまったりと不安なことも増えてしまいました。

子供にとって、なにが正解かはわかりませんし外で遊ばなくても家でパソコンばかりをしてもそれが仕事につながって偉大な発見をするような人になるかもしれません。

そうです、子供の未来は無限に何でもなれます。でも、だからこそ私は私の子は外も、中もどちらも夢中になれる遊び方をしてほしいです

。一通りなんでも好きにならなくてもいいんです。ブランコは嫌いでも鉄棒は好き。肉食動物はまったく興味がなくても、鳥は大好き。

そういう感じでいいので好きなことをして遊んでほしいです。家の中でも外でも選べないっていえるくらい、両方の遊びを自分でみつけて楽しんでほしいなと考えます。

子育てに答えはないからこそ、わが子の好きな事をのばしてあげたい遊びや興味を隣で考えたいです。